静脈内投与安全性

静脈内投与安全性

Safety of intravenous infusion of human adipose tissue-derived mesenchymal stem cells in animals and humans.

Ra JC, Shin IS, Kim SH, Kang SK, Kang BC, Lee HY, Kim YJ, Jo JY, Yoon EJ, Choi HJ, Kwon E.
Stem Cells Dev. 2011 Aug ; 20(8) : 1297-308. Epub 2011 Mar 17. PMID : 21303266

使用細胞 ヒト脂肪由来幹細胞
使用動物 ヌードマウス
被験者 脊髄損傷の患者8名

研究の概要(前臨床):
5人の健常なドナーの腹部皮下脂肪から分離した脂肪由来幹細胞を用いて以下の実験を行った。

① フローサイトメトリー
継代1, 2, 4, 7, 10回目の脂肪由来幹細胞を用いて、フローサイトメトリーによってCD29, CD31, CD34, CD45, CD73, CD90, CD105, HLA-ABC, HLA-DRの発現解析を行った。

② in vitro分化能試験
3回継代した脂肪由来幹細胞を、in vitroで以下の細胞、組織への分化誘導を行い、分化能を調べた。
1) 脂肪:分化誘導21日後にオイルレッドO染色を行った。
2) 骨:分化誘導14日後にアリザリンレッドS染色を行った。
3) 軟骨:分化誘導14日後にトルイジンブルーO染色を行った。
4) 筋:分化誘導14日後に抗ミオシン抗体を用いた免疫蛍光染色を行った。
5) 神経:文系誘導8日後または10日後に抗MAP2抗体、抗neuron specific enolase抗体、抗beta Ⅲ tubulin抗体、抗GFAP抗体を用いた免疫蛍光染色を行った。

③ 核型解析
継代4, 7, 10, 12回目の脂肪由来幹細胞を用いて核型解析を行った。

④ SNP解析
継代0, 3, 6, 9回目の脂肪由来幹細胞からDNAを抽出し、SNP解析を行った。

⑤ 安定性試験
継代3回目の脂肪由来幹細胞を1.5×107個/500µLの生理食塩水に懸濁して冷蔵で72時間保存し、細胞数及び生存数、表面マーカーの発現を0, 12, 24, 48, 56, 64, 72時間後に解析した。

⑥ 毒性試験
ヌードマウスを雌雄20匹ずつ以下のグループに分け、尾の静脈から脂肪由来幹細胞の投与を行った。
1) 対照群(生理食塩水のみ)
2) 試験群(low-dose (5×106個/kg)の脂肪由来幹細胞)
3) 試験群(medium-dose (3.5×107個/kg)の脂肪由来幹細胞)
4) 試験群(high-dose (2.5×108個/kg)の脂肪由来幹細胞)
投与後は1日2回の経過観察、週1回の体重及び摂食、摂水量の観察を行い、13週目に尿検査、眼検査、採血、剖検を行った。各グループ10匹ずつ無造作に選出し、各器官の重量を調べ、病理学的な解析を行った。各グループの残りの10匹は裸眼による観察を行った。

⑦ 造腫瘍性試験
ヌードマウスを雌雄10匹ずつ以下のグループに分け、尾の静脈から脂肪由来幹細胞の投与を行った。
1) 対照群(ネガティブコントロール、MRC-5細胞を投与)
2) 対照群(ポジティブコントロール、A375細胞を投与)
3) 試験群(low-dose (2.0×106個/kg)の脂肪由来幹細胞)
4) 試験群(medium-dose (2.0×107個/kg)の脂肪由来幹細胞)
5) 試験群(high-dose (2.0×108個/kg)の脂肪由来幹細胞)
1日2回の経過観察と、週に2回の腫瘍のサイズ測定を行った。腫瘍が直径250mm以上になった場合は安楽死させた。観察、腫瘍の測定は投与後26週目まで行った。

研究の結果(前臨床):

① フローサイトメトリー
フローサイトメトリーによって表面マーカーの発現を解析した結果、継代回数に関わらず、表面マーカーの発現パターンは一定であった。

② in vitro分化能試験
3回継代した脂肪由来幹細胞をin vitroで脂肪、骨、軟骨、筋、神経へと分化誘導し、染色により分化能を調べた結果、分化誘導を行った全ての細胞、組織への分化が確認された。

③ 核型解析
培養した脂肪由来幹細胞の核型解析を行った結果、継代4, 7, 10, 12回目のいずれでも、核型に異常は見られなかった。

④ SNP解析
培養した脂肪由来幹細胞を用いてSNP解析を行った結果、継代0, 3, 6, 9回目のいずれでも、顕著なSNP変異の増加は見られなかった。

⑤ 安定性試験
生理食塩水中で72時間保存した脂肪幹細胞は、80%以上の生存率を示し、表現マーカーの発現にも異常は見られなかった。

⑥ 毒性試験
low-dose、medium-dose、high-doseの脂肪由来幹細胞を投与したグループのうち、それぞれ2匹、1匹、3匹のマウスが死亡した。しかしながら、肺を含めた全ての組織で病理学的な異常は認められず、対照群でも一匹のマウスが死亡したことから、免疫不全マウスに定常的に見られるリンパ芽球性リンパ腫が死亡の原因であり、脂肪幹細胞の投与が原因ではないと推測された。生存したマウスでは、全てのグループで異常は認められなかった。尿検査、血液検査、剖検、組織学的解析の結果でも、脂肪幹細胞を投与したグループで重大な異常は認められなかった。

⑦ 造腫瘍性試験
low-doseのグループのうち、1匹のマウスが死亡したが、組織学的な解析の結果細胞の投与が原因ではないと推定された。ポジティブコントロール(A375投与)のグループでは、2匹のマウスががんにより死亡し、全てのマウスで腫瘍の形成が見られたが、脂肪由来幹細胞を投与したいずれのグループでも、腫瘍の形成は見られなかった。

研究の概要(臨床):

脊髄損傷の患者8名を対象に、第Ⅰ相の臨床試験を実施した。治療を受ける本人から採取した脂肪から脂肪由来幹細胞を分離し、GMPグレードの培養施設で培養を行った。投与前に、細胞生存率の確認、真菌・細菌・エンドトキシン・マイコプラズマ汚染の有無の確認を含む品質試験を行った。合計4×108個の自己脂肪由来幹細胞を含む400mLの生理食塩水を頭部の静脈から3~4時間かけて投与した。投与後1, 4, 7日後及び4, 12週後に検査を行った。

研究の結果(臨床):

8人の被験者全員に軽微な副作用、有害事象(胸の痛み、胸の締め付け、軽い発熱、大腿部のフルンケル、骨格筋の痛み、首痛と肩痛、痰の増加、上気道感染、失禁、尿道感染、痙縮の悪化、神経障害性疼痛、痛みの悪化、頭痛、甲状腺ホルモン異常、傾眠、計19件)が発生したが、1件を除き一時的な症状であり、処置を行わなくても自然に回復した。甲状腺ホルモン異常が発生した被験者は、経過観察期間中に改善が見られなかったが、症状は軽く、臨床上問題ないと判断された。 脊髄の損傷部位のサイズを計測した結果、治療後12週間で若干の改善が見られたが、有意差は得られなかった。また、電気生理学的な試験の結果、運動神経、感覚神経の誘発電位の振幅も増加したが、有意差は得られなかった。ASIAグレードは一部の被験者で改善が見られた。

考察:

in vitroで解析を行った結果、継代を複数回繰り返しても核型の異常やSNP変異の顕著な増加、表面マーカーの発現変動は認められず、ヒト脂肪由来幹細胞は長期間の培養でも安定性が維持されることがわかった。また、実際に治療に適用する場合、培養が完了してから投与するまでの間は生理食塩水中に懸濁して保存することとなるが、安定性試験の結果、72時間保存しても80%以上の生存率を示し、表面マーカーの発現にも異常がないことから、少なくとも72時間は生理食塩水中で安定に保存することができることが示された。また、ヌードマウスへの投与実験の結果、脂肪由来幹細胞を投与したことに起因すると思われる異常は認められず、腫瘍の形成も見られなかったことから、脂肪由来幹細胞の静脈投与による毒性、造腫瘍性はなく、十分な安全性を有していることが示唆された。脊髄損傷患者を対象とした第Ⅰ相臨床試験では、軽微な副作用、有害事象は多数発生したが、その全てが一時的な症状のものか、臨床上問題ない軽微な症状のものであった。処置が必要となるような重大な副作用、有害事象は認められなかったことから、自己脂肪由来幹細胞の静脈からの投与は十分な安全性を有していることが示唆された。また、脊髄損傷の症状の若干の改善が見られたが、有意差は得られず、治療の効果についてはより詳細な試験が必要であると考えられる。

(提供しようとする再生医療等との関連性)
提供しようとする再生医療等では培養(継代4回程度)した自己脂肪由来幹細胞を用いるが、この報告におけるIn vitroでの解析の結果、ヒト脂肪由来幹細胞を長期間培養しても安定性が維持されることが示され、培養した脂肪由来幹細胞を治療に用いても、遺伝的な変異による腫瘍形成の恐れなどの安全性の問題はないことが示された。また、生理食塩水中での安定性試験の結果、少なくとも72時間はヒト脂肪由来幹細胞を生理食塩水中で安定して保存できることが示され、培養した脂肪由来幹細胞を生理食塩水中に懸濁し、保存、輸送することが可能であることがわかった。本再生医療等では培養した自己脂肪由来幹細胞を関節腔内に投与するが、培養した脂肪由来幹細胞の生体内での造腫瘍性を検討した結果、培養した脂肪由来幹細胞を投与しても腫瘍の形成は見られず、in vitroでの解析結果のとおり、培養を行ったことに起因する遺伝的な変異による腫瘍形成の恐れはないことが示された。